発表・掲載日:2023/03/31

金属3Dプリンタ普及の鍵握る町工場の材料特性評価

上島熱処理工業所

 金属3Dプリンタは、従来の加工技術では不可能な部品形状を実現するだけでなく、生産・流通の形態に革命を起こすとも言われる。そんな夢の技術の普及が、熱処理の町工場に支えられていることをご存知だろうか。

酸化を防ぐソルトバス炉による高品質な熱処理は上島熱処理の得意技

酸化を防ぐソルトバス炉による高品質な熱処理は上島熱処理の得意技

匠の技と先端技術が同居

 上島熱処理工業所(東京都大田区)の作業場には、毎日、全国の顧客から熱処理を希望するさまざまな金属部品が届く。金属を真っ赤に加熱する炉や油を満たした冷却槽が並び、従業員には何人もの「現代の名工」を抱える。絵に描いたような「匠の技の町工場」であるが、目を凝らしてよく見るとそれぞれの炉の隣にはLANで結ばれたノートパソコンが置かれ、顧客から預かった大事な部品が今どの工程にあるか、担当者は誰かといった情報を正確に管理している。匠の技と先端技術が同居する上島熱処理は、いま、金属3Dプリンタの実用化に向け、重要な役割を果たしている

 金属3Dプリンタは、吐出した金属粉末の層を高温で溶融・固着させながら積み上げ、部品を成形してゆく。切削や射出成形といった従来の加工方法と違い、中空・二重構造などの複雑形状が作れることや、CAMなどの段取りを考える必要なくパソコンに繋げば加工できることなどから、ものづくりの未来を劇的に変えると言われる。

 しかし、話題になり始めてから10年近く経つ金属3Dプリンタは、まだ本格普及に至っていない。機械本体が高価なことやまだ加工に時間がかかることもあるが、成形品の「材料特性の測定・評価」が終わっていないのだ。金属3Dプリンタの原理上、成形した部品は積み重ねた層のずれる方向への変形に弱く、引っ張り強さ、曲げ強さ、曲げひずみといった特性が縦方向と横方向で違う。また、金属粉末の充填率が一様でなく密度が場所によって変化したり、加熱する際に金属粉末が飛び散り材料に小さな空洞が残ったりすることもある。樹脂3Dプリンタで外形デザインを確認するならまだしも、構造材として応力を受け止める金属部品では材料特性が把握できていなければ怖くて使えない。

真空炉は熱処理の温度変化を秒単位で制御する

真空炉は熱処理の温度変化を秒単位で制御する

熱処理で成形品を改質・特性評価

 上島熱処理には、9年も前から金属3Dプリンタの成形品が持ち込まれ、研究が始まった。一つは、熱処理による材料特性の改善。加熱した材料を急速に冷やして硬くする「焼き入れ」、ゆっくり冷やして柔軟性を持たせる「焼きなまし」など、熱処理技術を駆使して金属の組成を変え、縦方向・横方向の違いを消す手法を確立した。二つ目が材料特性の評価。ステンレス系、チタン系、ニッケル系など金属粉末の種類や金属3Dプリンタの稼働条件を変えながら材料特性を評価。さらに成形後の熱処理の温度や時間も少しずつ変え、膨大な数の成形品の材料特性を測定してきた。
 工場の2階スペースには、材料を酸化させずに熱処理する「真空炉」が並び、温度変化を秒単位で制御する最新のITシステムで管理している。別棟には金属の組成を調べる各種の測定装置が並ぶ。同社は材料の特性を変える「熱処理」の専門家であると同時に、材料がいまどんな状態にあるか調べる「金属組成」の専門家でもあるのだ。「我々の仕事は開発のお手伝い」(坂田玲璽技術部長)という同社が確立した手法と膨大な材料特性データが顧客に手渡され、金属3Dプリンタはいよいよ工業製品の現場での実用化が視野に入ってきた。

上島熱処理工業所
所在地:東京都大田区仲池上2-23-13
代表者:代表取締役社長 上島 健
設 立:1956年5月
社員数:46名
上島熱処理工業所ホームページは、こちらから。