発表・掲載日:2023/07/11

作品を作る「文化型町工場」が登場

ーー工業製品生産の「文明型町工場」と一線画す「ネオ民藝」

 「文化型町工場」が登場してきた。工業製品の生産を支える従来の「文明型町工場」とは一線を画し、趣味性が高く人々の生活に密着した「ものづくり」をする町工場だ。伝統工芸品とも違う『ネオ民藝』とでもいうべき町工場は、中小製造業の新たな波になるのだろうか。

溶接の焼け色が美しい「鋼豚」

溶接の焼け色が美しい「鋼豚」

自分が欲しくて作った豚の蚊取線香立て

 鹿児島市街の中心から桜島を右手に見ながらクルマで鹿児島湾をぐるりと回って1時間。曽於市の小さな溶接工場が作る「鋼豚(はがねぶた)」がネットで注目されている。ステンレスのリングを何本も溶接して形を作っており、溶接の高温で焼けた金属が虹色の光りを放つ。その圧倒的な存在感がネットで話題となり、3万5,000円の販売価格ながら告知すると完売してしまう。
 一人で工場を営む高岡司さんは39歳。20歳過ぎから14年間溶接工として働き、4年前に独立して自分の工場「METALWORKS TAKAOKA」を構えた。売り上げの半分は個人からの依頼を中心に建物や船、オートバイの金属部品を作り、残り半分はガスバーナーの部品など数をこなす受託生産という。
 豚の形の蚊取線香立ては独立の前後に「自分が欲しくて作ったもの」だと高岡さんは言う。ところがSNSにアップすると「売って欲しい」との要望が多数寄せられ、2021年から毎年蚊の出る時期に限定で10数体を作るようになった。まだ販売サイトはなく(2023年7月10日現在)、Twitterのダイレクトメッセージで注文を受けている。

日本は独自ブランドの少量生産を目指すべき

 「そもそも、日本のように町工場のほとんどが文明型の国の方が珍しい。中小企業は本来、衣食住など地域に密着した生活必需品を作るものだ」という吉田敬一駒澤大学名誉教授は、15年以上前から日本は文化型産業をもっと伸ばすべきだと主張してきた。効率追求型製品の低コスト大量生産がアジアの国へ移る以上、日本も欧州のように趣味性が高い独自ブランド製品を少量生産する方向を目指すべきだ、との主張だった。残念ながらいま日本企業の多くは、大手も中小も高いブランドイメージ確立に手が届かないまま、中国をはじめとするアジア勢に追い上げられているように見える。
 しかし町工場は、そんな議論とは関係なく動き出したようだ。早い夏を迎えるなか、全国各地の町工場オリジナルの『文化的な』蚊取線香立てがネット上で話題になっている。価格は安くないのだが、どれも独特な魅力があり、限定生産数量を完売している。

1万円超の蚊取線香立てが即完売

 ナイトペイジャー(東京都大田区)の横田信一郎社長が作った蚊取線香カバーは、スポーツカー用のアルミホイールを模したもので価格は1万円。NC旋盤やマシニングセンターを駆使し、わざわざ3工程に分けて厚さ15mmのアルミ材から削り出しており、ずっしりとした重量感と切削方向に細かい筋が残るアルミ地肌がリアル。「この度は弊社の遊び心に共感頂き、心よりお礼申し上げます」とのメッセージと共に届く蚊取線香カバーは、カーマニアに熱烈に支持され4年前の夏は100個、2年目は60個、3年目と今年は50個を完売している。

マルチタレントな横田社長の蚊取線香立てはカーマニアが熱烈支持

マルチタレントな横田社長の蚊取線香立てはカーマニアが熱烈支持

 横田さんは受託加工の町工場社長であると同時に、自社ブランド「Night Pager」でパドルシフトなどの自動車アクセサリーパーツを販売、さらにプロのミュージシャンとしてCDも出している。「蚊取線香カバーはシャレ」と笑うが、夫婦2人で経営する町工場の売り上げのうち、受託加工事業は半分に満たない。約3割の自動車パーツ事業と2割の音楽関連など「文化型事業」の売り上げが半数を占め、利益では文化型事業の方が多い。
 マルチタレントな横田社長の実家は下請け型の町工場だったが、親会社の調達方針変更で14年前に破綻。大量生産で消耗する仕事に疑問を持ったことが現在の業態につながっている。ただし、「自社ブランド製品に社運をかけようとする人がよく話を聞きにくるけれど、次々と新製品を用意しないと続かないから大変ですよと話します」という。

日本各地に現れる文化型町工場

 アイエス産業(東大阪市)はコンサートの舞台装置や児童科学館の体験型遊具など、大型の金属装置を設計・製造する鉄工所で従業員は12人。コロナ禍でぱったりと注文がなくなった2021年6月に、従業員自身による従業員のためのBtoC自社ブランド製品事業をスタートした。「発想力を鍛える」のが目的で、発案者は団体職員から溶接工に転身し入社5年目だった池田頼昭さん。社長公認のユニークな制度は、売り上げの50%を取り組んだ社員に支払い、残り50%は社員の互助会に積み立てる。

溶接工が作る蚊取線香ホルダーは社員の互助会に売上が立つ「文化事業」

溶接工が作る蚊取線香ホルダーは社員の互助会に売上が立つ「文化事業」

 人気商品は、毎年この時期に数十件の注文がある蚊取線香ホルダー。ネットの映像などを参考にしたイラストをCAMソフトで加工データに落とし込み、レーザー加工機で厚さ0.5mmのステンレス板に切り込みを入れる。在庫は持たず受注してから加工、作品は板のまま顧客へ発送し、お客さんが自分でイラストを曲げ起こして使う。当初は材料も端材で始め、コストのかからない新規事業としてスタートしている。
 2022年5月にネット販売のサイトを立ち上げ、現在の扱い商品は蚊取線香ホルダーだけで30品目、花器など他の商品を合わせると80品目が並ぶ。溶接工が自ら楽しんで「作品」を作っている様子が伝わってくる。価格は蚊取線香ホルダーで1,200円から2,500円程度。工業製品の部品単価とは桁違いだが、あまり人手をかけない加工方法のため「文化型」としては手頃だ。届いた包みを開くと、丁寧にバリを取って安全性に配慮した製品が「作品、気に入っていただけると幸いです」とのカードと一緒に現れる。
 アイエス産業は10年ほど前から会社として子供用遊具の独自ブランド製品にも取り組み、手でハンドルを回して進む列車「てマワスカー」や、シーソーの原理で無重力感を楽しめる「ムーンウォーカー」のレンタル事業を展開、この8月には展示会にも出展する。社員によって始まった蚊取線香ホルダーも、受注量の拡大を受けて端材でなく正規材料で生産するようになり、東大阪市のふるさと納税返礼品にも認定された。こちらは互助会でなく、会社の売り上げになる。
アイエス産業の販売サイトは蚊取線香立てだけで30品目

アイエス産業の販売サイトは蚊取線香立てだけで30品目

イタリアのマエストロ型町工場への道?

 これまでも、町工場が『脱・下請け』を目指しデザイナーと連携して自社ブランド製品を作る動きは進んできた。蚊取線香立ての「文化型町工場」が少し違うのは、町工場自身に強烈に作りたい「作品」があり、熱烈に支持する少数の顧客がいて、高い単価により採算が取れていることだ。
 吉田名誉教授は、文化型町工場の登場について「これまでの部品加工は機能性を追求してきたが、経済が成熟すると多様性や文化性が重要になる。ドイツのマイスターあるいはイタリアのマエストロ型の中小企業への道が示唆されている」と解説する。ただ、文化型町工場の経営は社長や職人の『才能』に負うところが大きく、「面として広がるかはまだわからない」とも指摘する。
 はたして文化型町工場は、中小製造業のニューウェーブになるのだろうか。

METALWORKS TAKAOKA
所在地:鹿児島県曽於市末吉町深川2460-8
代表者:高岡司
設 立:2019年
Twitterアカウントは、こちらから。

株式会社ナイトペイジャー
所在地:東京都大田区南六郷3-17-13
代表者:代表取締役横田信一郎
事業開始:1991年
ナイトペイジャーホームページは、こちらから。

有限会社アイエス産業
所在地:大阪府東大阪市楠根3-1-16
代表者:代表取締役 生山陽一
設 立:1963年(創業は1952年)
アイエス産業ホームページは、こちらから。
ネット販売は、こちらから。



*町工場総研では「文化型町工場」の事例を集めたいと考えています。
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