発表・掲載日:2023/08/23

「公安」が全国の町工場を巡回中

ーー経済安全保障対策で技術情報の流出防止を指南

 公安が町工場を訪ねて回っている。「この間、公安が来て。。。」とヒソヒソ声で話す社長に「実はうちにも来た。。。」と返す社長。公安の訪問件数はかなりの数に上っている。訪問の目的は「技術情報を盗まれないように」との啓蒙活動だ。国際情勢が緊迫するなか経済安全保障が国家の重要課題となっており、「現場」の町工場にも情報流出の対策が求められている。

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米中対立のなか、小さな会社にも情報流出のリスク

 2020年から2021年にかけて、中小製造業による中国への不正な製品輸出の報道が相次いだ。後に不起訴処分や起訴取り消しになった案件もあるが、町工場に注意喚起する効果は絶大だった。以来、町工場の社長の間で「米軍向けの仕事の話がきてさ。問題ないんだけど、おっかないからやめといた」、「M&Aされた町工場の影のオーナーが外国人というのはよくある話らしい」と言った噂話が乱れ飛ぶようになる。
 政府は2017年10月の外国為替及び外国貿易法(外為法)改正で、安全保障の観点から規制強化や罰金の大幅引上げを実施。さらに米中対立の激化やロシアによるウクライナ侵攻で国際情勢が緊迫するなか、2022年には経済安全保障推進法を施行し、重要技術に関する特許出願の非公開化などの基本方針を閣議決定した。経済安全保障は国の重要課題となり、大手企業だけでなく、町工場にとっても大きな経営課題となってきた。

 そんな状況のなかで町工場を回っているのは、公安調査庁と警察庁だ。法務省の外局である公安調査庁は国民の安全を守る「情報」の収集と分析、提供を行う。2022年4月に人員を増強して「経済安全保障特別調査室」を新設、経団連など大手企業だけでなく、全国8ブロックの「公安調査局」が地域の中小企業を回っている。「優れた技術を持っていれば小さな会社でも回る」(原塚勝洋経済安全保障特別調査室長)といい、訪問件数は「数百」を大きく超えているようだ。また、令和4年度警察白書によると警察庁と都道府県警察も技術情報の流出防止対策等について情報提供するアウトリーチ活動を行っている。

一見通常の企業活動でも「不正調達」などに注意

 公安調査庁は技術・データ・製品等を不当に手に入れようとする国家や組織等を「懸念主体」と呼ぶ。公安調査庁がマークするのは技術情報の漏洩や外為法に違反する輸出などの「明確な違法行為」だけではない。一見、通常の企業活動に見えるが軍事転用可能な技術取得等を目的とする懸念主体のアプローチが相当数に上るのだという。
 懸念主体によるアプローチは、「不正調達」「共同研究・人材」「投資・買収」などに分類でき、公安調査庁が注意を呼びかけている。

「不正調達」
 最終需要者・最終用途を隠して輸出禁止の物品を購入しようとする。
 →現金取引やハンドキャリーにこだわるような分かりやすいものだけでなく、簡単な用途の割に要求仕様が複雑など、不自然なオーダーに注意。
「共同研究・人材」
 懸念主体の人材が研究員や社員として送り込まれたり、研究の成果が出ると研究員・社員ごと情報が吸い上げられたりする。
 →研究成果がどんな分野で使われるか十分検討するとともに、研究データの管理を徹底。相手の研究資金の出所も確認する。社員が懸念主体からの誘惑に負けないよう、社員ともきちんと守秘義務契約を結ぶことも重要。
「投資・買収」
 海外では、懸念主体の国が半導体関連など重要分野の欧州企業やアジア企業を買収しようとする案件が多発。投資家の資本関係に注意する必要がある。

リスク自覚し対策に動き出す町工場

 これらの懸念主体によるアプローチは、大手企業の問題と考えがち。対象となる技術も半導体や航空・宇宙、エネルギー関連の最先端技術で、町工場には関係ないと思うかもしれない。しかし公安調査庁は「懸念主体が欲しがるのは先端技術だけではない。こなれた技術や、みなさんが積み上げたノウハウのようなもののなかにも、懸念主体が欲しがる情報がある」(原塚室長)という。さらに「調達」では買いやすいルートとして中小企業が狙われるケースがある。地方都市の小さな町工場の技術まで驚くほど広く探しているという。

 町工場も対策に動き出している。ある切削加工の町工場では、日本人が経営する商社から依頼を受けた仕事が「制御機器の強度と耐候性を向上するケースの加工」だったことから、兵器への転用を警戒。商社から最終ユーザーを聞き出し、その企業の状況だけでなく業界動向まで調べ、結果は「シロ」だった。公安調査庁も、この数年で中小企業でも経済安全保障対策の意識は高まってきたと評価している。

 現在の町工場は単なる「下請け」ではなく、開発から携わり自社ブランド製品を持ち、海外市場の開拓に挑む企業もある。人材も多様化し、大卒の研究者を抱え、外国人社員がものづくりの現場や海外営業で活躍する会社も多い。国際情勢の緊張が、そのまま社内や取引先との軋轢となってしまうのはあまりに不幸だ。
 しかし、リスクは目の前にあり、社会には「中小企業は情報管理が甘い」と見る人もいる。多くの社長が直感的にこなしている「経済安全保障対策」を会社全体の取り組みとし、信頼できる社員とともに経営リスクをコントロールする必要がある。公安調査庁は「対策にはさまざまなリソースが必要。会社ごとの課題に合わせて相談に乗ることもできるので、何かあれば頼りにしてほしい」(同)と話している。
 

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