発表・掲載日:2024/04/24

ねじや歯車は「コピペ設計」でいいのか?

ー失われる「ものづくりの工夫」に町工場が警鐘

 ねじや歯車は、機械部品のキホンの「キ」。いくらでも交換が効く汎用部品のようでいて、高度な数学理論で形状が決まる「機械要素」として工学の教科書の最初に登場する。ところが最近、ものづくりのプロである完成品の設計開発者でも過去のCADデータをコピペするだけで、ねじや歯車について考えるケースが激減しているというのだ。性能や品質でなくコストばかり重視するようになった弊害ではないかーー。小さな町工場のねじや歯車が、日本のものづくりに対し警鐘を鳴らしている。

1個から対応するという浅井製作所は、さまざまなカスタムねじを製作してきた

1個から対応するという浅井製作所は、さまざまなカスタムねじを製作してきた


完成品メーカーと二人三脚のカスタムねじーー浅井製作所

 ねじ製造の浅井製作所(埼玉県草加市)は、完成品メーカーの技術者と二人三脚で「超低頭ねじ」や簡単には外せない「いじり防止ねじ」などの傑作カスタムねじを開発してきた。しかし、それは20年前の話で、浅井社長は「最近はカスタム品の新規問い合わせは全くない」と言う。1本数円のカスタムねじにまで心血を注いできた日本のものづくりは、いつの間にか1本50銭で安いねじを調達することしか考えなくなったのかー。

ロボットのために金型工夫し超低頭ねじ

 ねじ頭部の高さを70%カットした超低頭ねじ「AHNシリーズ」は、ロボットを開発する技術者の依頼で20年前に製作した。優れたロボットは限られたスペースに機構を詰め込み、可動部は極限まで軽量化する。JIS規格の汎用ねじでは、小さいとはいえボディからはみ出したねじの頭が邪魔。ボディは薄く、穴を掘ってねじ頭を沈める「座ぐり」もできない。「ねじの頭をもっと低くできないか?」。ロボット技術者は、町工場では当時まだ珍しかったホームページを持つ浅井製作所に相談を持ち込んだ。

なべ頭ねじ金型の下(左)と皿ねじ金型の上(中)を組み合わせて超低頭ねじの金型(右)に

なべ頭ねじ金型の下(左)と皿ねじ金型の上(中)を組み合わせて超低頭ねじの金型(右)に

 小さなねじは、針金状の材料を短く切り、小さな金型で圧造して外形を整え、また別の金型でねじ溝を転造する。ねじ専用の圧造機と転造機がカタカタカタとリズムよく1分間で100本程度を大量生産していく。カスタムねじを作るには新たに専用の金型が必要だが、それには多額のコストがかかる。そこで浅井社長は既存の「なべ頭ねじ」用金型の下半分と「皿ねじ」用金型の上半分を組み合わせ、上からの圧力を調整して平たい頭を程よく広げる手法を編み出した。
 こうして大きな投資なしに、スマートなロボット組み立てが実現した。技術者は浅井社長のカスタムねじを高く評価し、ねじとしては高い単価で調達した。このねじはのちに浅井製作所の定番商品「AHNシリーズ」となり、数十銭が当たり前のねじの世界で現在も1本数円で販売している。

20年後のいま、ねじを考える技術者はいないのか。。。

 しかし、20年前にさまざまなカスタムねじを顧客と開発したのが夢のように、最近は「新規の案件がほとんどない」(浅井社長)という。ねじの形状を図面に書くには大変な手間がかかる。完成品を設計する技術者は、CADに蓄えられた過去のねじの形状データを選択し、コピペするだけだ。また、ねじは形状だけで特許を取得するのが難しく、ネット調達のサイトには過去のカスタムねじのコピー品が並ぶ。浅井社長は「ねじを考える技術者が少なくなった。サイトから良さそうなねじを選ぶだけなのだろう」と言い、コスト最優先になった日本のものづくりを憂いている。

ワイヤー状の材料から圧造機(右列)と転造機(左列)がリズムよくねじを大量生産していく(浅井製作所)

ワイヤー状の材料から圧造機(右列)と転造機(左列)がリズムよくねじを大量生産していく(浅井製作所)



歯車は幾何公差まで考えるべきーー尾崎ギヤー工業

 尾崎ギヤー工業(相模原市中央区)は創業から76年、工作機械など産業を支える重要な機械の歯車を生産してきた。図面通りの歯車を作るだけでなく、機構全体を見渡して部品同士の「幾何公差」に目を配る。そんな仕事を評価せず、安い海外製の歯車を使う機械メーカーも増えた。品質が自慢だった日本の機械が壊れて止まるようになり、原因が分からず同社に駆け込んでくるメーカーも現れた。

歯車の加工精度は1000分の1mmクラス(尾崎ギヤー工業)

歯車の加工精度は1000分の1mmクラス(尾崎ギヤー工業)

大きくても精度は1000分の1mm級

 尾崎ギヤー工業が手がける中・大型歯車は、直径2メートル級でも歯と歯が接する面は1000分の1mm単位、シャフトにはめる内径も100分の1mm単位の高精度で加工している。独KAPP NILES社製の歯車研削盤は加工だけでなく3次元測定機の能力を備え、作った歯車の形状と図面上の指示のずれをマイクロメートル単位で表示する。
 歯車そのものの精度に加え、同社は顧客企業から機構全体の情報を受け取り、部品同士の位置関係の精度「幾何公差」をチェックする。歯車の回転は機械全体の動力の伝達効率や位置決めの精度、稼働時の騒音や機械の寿命に影響するためだ。顧客企業の設計者は機械全体の設計者であり、歯車の専門家ではない。歯車がきちんと回るか、という点において同社の専門知識は顧客に信頼されていた。

差が出るのは10年後

 しかし、2000年ごろから大手企業の調達方針が変わりコスト重視の相見積もりが一般化する。コストの安い海外製の歯車に切り替える機械メーカーも現れた。過去の設計データから歯車の形状をコピペし、幾何公差など確認しなくても、とりあえず機械は動く。「差が出るのは10年後、20年後かもしれない」(尾崎一朗社長)というものづくりの品質は、違いの分かる顧客だけが認めるものになった。
 そんな尾崎ギヤー工業にいま、機械メーカーから原因不明のトラブルに関する分析依頼が舞い込んでいる。図面から機械の工程ごとの動きをプロセスを追って調べると、幾何公差に問題があり歯車が微妙に斜めに回っている状態だった。「昔はものづくり企業同士で理解できていたが、最近は購買部門ではなく大手企業の役員に直接歯車を説明する機会が増えている」(同)と言う。日本の大手企業にもコスト最重視のものづくりを見直す動きが出てきているのかもしれない。



有限会社 浅井製作所
所在地:埼玉県草加市谷塚上町449-7
代表者:代表取締役 浅井英夫氏
設 立:1968年
有限会社 浅井製作所ホームページは、こちらから。

尾崎ギヤー工業 株式会社
所在地:神奈川県相模原市中央区宮下3-11-22
代表者:代表取締役 尾崎一朗氏
設 立:1949年
社員数:40人
尾崎ギヤー工業 株式会社ホームページは、こちらから。