発表・掲載日:2024/07/16

増える町工場のBtoB自社ブランド製品

ーー顧客ニーズから開発しニッチトップに成長

 「自社ブランド製品」を持つ町工場が増えている。なかでもBtoB分野の「地味だが強い自社製品」が広がり、収益面で業績に貢献しつつある。背景にあるのは町工場の役割がかつての「受託加工型」でなく、設計から手がける「開発型」にシフトしていること。特定の顧客の困り事を解決するべく開発した製品に、実は広く需要が存在し、高い利益率でニッチトップ企業に成長するケースが多い。

南武は自社ブランドの新製品「e-Zero」をトヨタに一気に6台納入

南武は自社ブランドの新製品「e-Zero」をトヨタに一気に6台納入、スタッフは充実感に包まれた。


3年で100台試作、4年で1,000人テスト

 今野製作所(東京都足立区)は、1961年創業の板金加工業で社員数は40人。同時に爪付き油圧ジャッキ「イーグル」シリーズで市場を押さえるBtoB自社製品展開の先駆者だ。創業者が板金や器具修理など事業を模索していた1970年代に、搬送業の顧客から「重量物の下の隙間に爪を差し込んで持ち上げるジャッキができないか」と相談されて開発した。

爪つき油圧ジャッキ「イーグル」は、重量物を運ぶユーザーニーズから生まれた。

爪つき油圧ジャッキ「イーグル」は、重量物を運ぶユーザーニーズから生まれた。

 油圧でピストンを動かすジャッキは、強力だが重量物の下にジャッキ本体が入る高さがなければ使えない。油圧ジャッキの頭からL字型の部品をぶら下げて下に爪をつけるアイデアはすぐ思いつくが、持ち上げる物の重さでピストンが引っ張られて斜めになり、シリンダーの壁に食い込んで動かなくなる。
 創業者の先代・今野好美氏は、シリンダーの傾きが許される寸法、シリンダーとピストンの材質、熱処理法など、あらゆる組み合わせを試し、3年以上かけ100台以上を試作。食い込まずに動作する爪付き油圧ジャッキを完成した。「イーグル」と名付けた自社ブランド製品は、今や物流から建設や鉄道などインフラ関連に売り先を広げ、年間1万台を販売する。

立ち仕事の負担を減らす「アルケリス」は、新製品の「スタビハーフ」もクラウドファンディングで発表

立ち仕事の負担を減らす「アルケリス」は、新製品の「スタビハーフ」もクラウドファンディングで発表

 ニットー(横浜市金沢区)は1967年にプレス金型メーカーとしてスタートし、板金、精密機械加工へ事業を拡大。現在は顧客の要望に応じて製品の企画・設計から量産・組み立てまで総合的に対応する。二代目の藤澤秀行社長は「お客様に知ってもらわなければ技術はないも同然。一貫生産対応をアピールする『商材』として自社ブランド製品の展開に取り組んだ」と話す。
 現在展開中の「アルケリス」は、長時間の手術をこなす医師からの「立った姿勢で体重を支える椅子」が欲しいとの声を受けて2014年に開発を開始。4年をかけ、体重を足の裏と膝、腿(もも)で分散して支え、スムーズな動きと倒れない信頼性を確保するアシストスーツとして開発した。さらにさまざまな体格の人にフィットする形状を求め、試作機は14台、装着テストは1000人以上に及んだ。
 町工場のBtoB自社製品は、開発時に極めて多数の試作品を製作しているケースが多い。アイデアや特許のような「技術」だけでなく、顧客ニーズをもとに何度も作っては試す「カタチにする力」を生かしている。

実在するニーズを全国回って掘り起こし

 町工場が自社ブランド製品を展開する上での課題は「販路開拓」と販売後の「サポート体制」、さらに陳腐化を避ける「新製品投入」だ。ネット販売やクラウドファンディングが普及し自社ブランド製品参入の敷居は低くなったが、知名度のない町工場が販売実績を上げ、維持するのは容易ではない。
 
 販路開拓は困難な作業だが、顧客の要望で開発したBtoB自社ブランド製品には、最初から一定の「ニーズ」が実在しているのが強み。今野製作所では、開発者の先代が全国の工具販売店を回りユーザーにアピールした。口コミで売れ始め、販売店から卸に「爪付きジャッキはあるか?」と問い合わせが入ると、卸から今野製作所に注文が来る。「先代は『最初から卸や商社に頼ると文句をつけられるばかりで売ってくれない。自分で売らないとダメだ』と言っていた」(二代目の現・今野浩好社長)という。
 ニットーも、アルケリスの試作段階から展示会に出展、来場者に試してもらって万人にフィットする形状へと改良しながら、これが同時に事前の営業活動になっている。医療以外にも工場の現場など「立ち仕事」のニーズが広がった。現在は導入検討企業の現場にアルケリスを持参する「訪問デモ体験」を年間300件も実施。販売実績は累計600台、このうち工場向けが6割と当初想定の医療向けを上回る販路開拓に成功している。

事業を展開するグループ会社「アルケリス株式会社」も設立

事業を展開するグループ会社「アルケリス株式会社」も設立

継続的な新製品開発と綿密な生産計画

 1941年に鉄工所として創業した南武(横浜市金沢区)は、1955年には日本最初の油圧シリンダーメーカーとして自社ブランド製品を展開。現在は金型を動かす油圧シリンダーの世界的なニッチトップ企業として、タイと中国にも現地工場を展開し世界で約240人の社員が働く。高シェアを押さえても研究開発と新製品開発には継続的に取り組み、現在は電動油圧アクチュエーターの「e−Zero(イーゼロ)」に力を入れている。
 油圧シリンダーは通常、タンクに貯めた油にポンプで常に圧力をかけ、バルブの開閉によってシリンダーを動かす。これに対してイーゼロは、シリンダーを動かす時だけ電気モーターでポンプを回す。消費電力を最大90%削減するだけでなく、大きな力を出せる油圧の良さと、力加減や位置を精密に制御できる電動の良さを併せ持つ。
 イーゼロは通常の油圧シリンダーより機構が複雑になるとともに、南武では顧客の用途によって最適なシステムを作り込んでいる。開発とサポートに手間はかかるが、顧客からはさまざまな用途の相談が舞い込む。ユーザー第一号のトヨタ自動車は金型の制御にイーゼロを採用、「消費電力を8割削減したと評価され、6台の納入につながった」(野村伯英社長)という。

今野製作所は本社工場にシリンダー生産の一部を台湾から移管

今野製作所は本社工場にシリンダー生産の一部を台湾から移管

 今野製作所も約30種類・200アイテムある「イーグル」シリーズをこのほど大幅に刷新、耐久性と信頼性・安全性をさらに引き上げた。同時に24年前からシリンダー部の製造を委託している台湾の協力企業から、製造の一部を今野製作所の本社に移管した。事業継続の観点から、製造拠点を国内2カ所と台湾に分けリスク分散を図った。
 今野製作所は製品自体の構想から設計・試作に加え、生産ラインの検討と設計・試運転を国の内外で展開する。社員40人の町工場でも、ものづくりに関して巨大なメーカーと同じ機能を持ち、「町工場間で協力して得意分野を補完すれば、もっと面白いものづくりができる」(今野社長)と話す。
 BtoB自社ブランド製品を展開する町工場は、さらに増えていくだろう。日本のものづくりにおいて、町工場は縁の下の力持ちではなく、自ら表舞台に立つ場面が急速に増えている。



株式会社今野製作所
所在地:東京都足立区扇1-22-4
代表者:代表取締役 今野浩好氏
設 立:1969年(創業は1961年)
社員数:40人
株式会社今野製作所ホームページは、こちらから。
EAGLEシリーズの専用サイトは、こちらから。

株式会社ニットー
所在地:横浜市金沢区鳥浜町14-16
代表者:代表取締役 藤澤秀行氏
設 立:1967年
社員数:50人
株式会社ニットーホームページは、こちらから。
アルケリス専用サイトは、こちらから。

株式会社南武
所在地:横浜市金沢区福浦2-8-16
代表者:代表取締役 野村伯英氏
設 立:1965年(創業は1941年)
社員数:237人
株式会社南武ホームページは、こちらから。
e-Zero 専用サイトは、こちらから。