発表・掲載日:2023/05/16

半導体製造支える大物平面研磨は関東一円でもう3社しかない

変わる大手と町工場の関係ーー京浜技研工業、畑下研磨工業、神永研磨

 半導体の製造装置や工作機械は、作業する面が「正確な平面」でなければならない。しかし、長さ1.5mを超える大物の表面を100分の1ミリ単位の平面に研磨できる町工場は、もう関東地方全体で3社しかないようだ。残った町工場は仕事が集中する中で設備を増強、加工単価も上昇している。

京浜技研の山下社長は液晶の大型化を支えてきた

京浜技研の山下社長は液晶の大型化を支えてきた

液晶の大型パネル製造を支えてきた歴史

 町工場と住宅が入り混じる東京都大田区・東糀谷。住宅の一階を作業場にして小さな工作機械を詰め込む町工場が多いなか、京浜技研工業の約100坪の工場は異彩を放つ。柱がなく天井が高い空間に、巨大な門形の平面研削盤が鎮座する。作業性と整備性を考えて機械は半地下に据えられ、潤滑などの補器類も全て地下に置かれている。工場新設時には、バスで見学に来る同業者もいた。対応可能なワークサイズは長さ4,000mm×幅1,600mmで、広大な面積を100分の1ミリ単位で平滑に仕上げる加工技術は、当時、大型化を競っていた液晶パネルの製造装置を支えた。
 あれから25年。日本の液晶産業は韓国に敗れ、町工場の仕事は減少していった。「ものづくりの要(カナメ)の仕事で、お客さんは平面研磨がないと困る。でも食っていける仕事の量がなかったから、周囲はどんどん廃業していった」と2代目の山下政和社長は言う。京浜技研は切削部門を縮小して大物研磨に事業を集中、現在は社長一人で工作機械の摺動面の加工などをこなしている。住宅街でもある糀谷の不動産は価値が高いが、「あと10年はやめないよ」と笑い、交換部品がなくなりつつある巨大な機械を大切に大切に使いこなしている。

畑下研磨はこの数年フル稼働が続く

畑下研磨はこの数年フル稼働が続く

残った町工場に仕事が殺到し設備増強

 風向きは変わりつつある。神奈川県綾瀬市の畑下研磨工業は社員12人、4,000mm×1,200mmと3,000mm×1,500mmの門形平面研削盤を始め円筒研削や内径研削の設備を揃える。半導体・液晶や工作機械関連など顧客リストは300社近い。毎月100社弱から仕事を受け、この数年はフル稼働が続いている。定期的に機械を入れ替えて精度を維持・向上し、3次元測定器も導入した。
 大田区大森南の神永研磨も、社員6人で約200社の顧客リストを持ち、2,000mm×800mmと1,500mm×800mmの平面研削盤が休みなく動く。この5年で周囲の研磨2社が廃業し、顧客が流れてきた。立地する工場長屋の隣が廃業したため23坪の土地と建屋を買い取り、この5月に3,500万円の大型平面研削盤を追加導入した。隣を買い取るのは3回目で、工場の敷地は140坪近くに広がった。
 両社に研磨の仕事を発注している小山精機(大田区大森南)は切削加工が中心で、やはり事業を縮小した同業のカバーを頼まれて仕事が増大、昨年第3工場を開設した。「大物の平面研磨は関東一円でもできるところはあまり聞かない」と言う。定盤や金型のメーカーが大型研削盤を保有し外部からの仕事にも一部対応しているケースはあるが、研磨を本業として大物に対応する町工場は本当に少ない。全国でも長野県、愛知県、大阪府、岐阜県に数えるほどになっているようだ。

神永研磨は隣の工場建屋と土地を購入し設備増強

神永研磨は隣の工場建屋と土地を購入し設備増強

代替効かず単価上昇、後継者も腕を磨く

 大手企業が大型の平面研削盤を導入して自社で加工するようになる可能性はないのだろうか? 研磨3社は「研磨加工は、機械を買えばできるというものではない」と口をそろえる。神永研磨の神永正男社長は「お客さんは大きなプレートを平面度5ミクロンで仕上げてくれなんて平気で言ってくる」といい、顧客の要求レベルは高い。ワークを固定する際のちり一つで精度は狂う。研磨作業のオペレーターは、ワークの表面を丁寧に拭いながらわずかな反りや凹凸を感じ取り、プラハンマーで叩く音の変化でワークの反りを判断。表面の注意が必要な場所にはマジックでマーキングする。研削盤のチャッキングは電磁式だが、反りのあるワークは磁力で引きつけると一見平らになってしまうため、町工場ごとに独自の接着剤を使って固定するなど工夫している。
 加工が始まると、オペレーターは研削盤から離れずに加工の状況を見守る。ワークを固定したベッドが左右に往復を繰り返し、オペレーターは回転する砥石にワークが当たる音や火花の変化で機械を微調整しながら、マジックの印が消えるのを見て1000分の1ミリ単位の研磨状況を把握する。畑下研磨の畑下勝専務は「とりあえず動かせるようになるのに3年かかる。何年やっても『これで一人前』ということはない世界」だと言う。
 加工単価は、当然、上がってきている。値上げしたわけではないが、安くしろと言う顧客はほとんどなく、逆にお客さんの方から上げてくれる状況だという。そして、畑下研磨も神永研磨も、社長の長男と次男が現場で腕を磨いている。かつての町工場の「相見積もりで買い叩かれ、誰も跡を継がない」というイメージは、ここには全くない。

研磨加工のオペレーターは経験が必要

研磨加工のオペレーターは経験が必要(動画はこちら)

 日本はいま、国策として半導体産業の国際競争力回復を目指している。半導体工場への巨額の補助金投入と合わせて、高精度な加工を支える町工場と大手企業の「共存共栄」が改めて求められている。大物研磨の他にも、気がつけば対応可能な町工場が減ってしまっている分野は今後増えていくだろう。大手企業と町工場の関係は、変わりつつある。

京浜技研工業株式会社
所在地:東京都大田区東糀谷2ー1ー10
代表者:代表取締役 山下 政和
設 立:1967年
株式会社 京浜技研工業ホームページは、こちらから。

畑下研磨工業株式会社
所在地:神奈川県綾瀬市吉岡東3-2-18
代表者:代表取締役 畑下真一
設 立:1976年
社員数:13人
畑下研磨工業ホームページは、こちらから。

有限会社神永研磨
所在地:東京都大田区大森南1−18−6
代表者:代表取締役 神永正男
設 立:1986年
社員数:6人


*読者からSNS経由で追加情報をいただきました。STORY005「SNSで現れたもう1社の大物平面研磨」をぜひご覧ください。