発表・掲載日:2023/07/31

横須賀のものづくりは復活するか

破綻した名門工作機械メーカー再建に挑むーー入野機工

 神奈川県横須賀市は、明治時代の軍艦建造に始まる歴史的なものづくりのまち。日本全体の例に漏れず製造業事業所数の減少は続くが、そのなかで、破綻した地域の名門工作機械メーカーの復活に挑む町工場がある。行政も地域経済を支える存在として、中小製造業のサポートに力を入れる。大手企業の工場誘致が難しいいま、地域における町工場の存在意義が重要性を増している。

名門再建に挑む入野紀子社長(左)と岡部志保取締役

名門再建に挑む入野紀子社長(左)と岡部志保取締役

父の遺言で取引先の経営再建に参加

 山田工機は1949年に創業した内面研削盤のトップ企業として知られ、日本中の研磨の町工場の多くが代表機種の「YIG-20」を保有する。立地する横須賀市は住友重機械工業や日産自動車が工場を構え、造船重機・自動車の生産を支える機械・金属加工の町工場が集積した。山田工機は強い自社ブランド製品を持つ横須賀の名門企業として君臨していた。
 しかし、造船も自動車も国際競争は激しく、2000年代の初めには大手の工場が稼働を停止。発注者を失った横須賀市の製造業事業所数は、1981年の591社から2019年には187社まで減少する(工業統計)。かつて社員80人で年商10億円を超え広大な土地を所有していた山田工機も、2008年に創業者が亡くなると経営が急速に悪化していった。

 そんな山田工機を支えたのは、鋳物部品を供給していた埼玉県川口市の不二工業だった。経営者同士に公私を超えた信頼関係があり、経営が悪化していく山田工機にアドバイスを続けた。そして、不二工業の創業家の二女・入野紀子が「山田を頼む」との父の遺言で、山田工機の再建に携わることとなる。
 創業家のなかで「自分らしい人生を選ばせてもらった」という入野紀子は、米国の大学でMBAを取得して米プライスウォーターハウスに勤務、国内の外資系企業を数社経験し2013年に自分のコンサルタント会社を起こした。2016年から山田工機の事業再生に参加、2017年には取締役に就任し、当初は厳しい資金繰りのなかでも山田家の後継者による再生を目指し、全国のユーザーを行脚するなどして業績を好転させた。しかし新型コロナウィルスによる経済の停滞が直撃。山田家の依頼もあり、第二会社方式を採用、2020年に入野が設立した新会社「入野機工」で事業を引き継いだ。引き継いだと言っても、負債がない代わりに土地も2024年には出ていかなければならない契約。買ったのは内面研削盤のライセンスと、わずかな材料と古い加工機械だけ。まず3人の社員を引き取って事業を開始、初年度9カ月決算の2020年12月期売上高はピークの5%以下の5,000万円だった。

新生・入野機工では新規採用した若手と旧社から再雇用したベテランが融合

新生・入野機工では新規採用した若手と旧社から再雇用したベテランが融合

市も名門復活へ製造業をサポート

 横須賀市は2017年に上地克明市長が就任すると、住友重機から寄付された産業遺産・浦賀レンガドックを核とした観光プロジェクトの推進、横浜Fマリノスの練習場の誘致、ロックバンドコンテストの主催など、観光やエンタテイメントを切り口にした産業振興を民間と連携して展開する。事業所の減少が続く中小製造業の振興は地味な分野だが、市長は「中小製造業がなければ横須賀市のこれまではなかった。地域経済を支える柱の一つであり、大事にしなければならない」と話し、経済部企業誘致・工業振興課の村松健二課長は「市主催の優良工場表彰も、表彰式に企業を呼ぶのでなく、上地市長自らが企業を訪問する形になった」ほど『現場重視』を徹底しているという。
 走り出した入野機工も、市にさまざま相談してパンフレット制作や展示会出展の補助金を活用。地域の協力企業と新たな関係を構築しながら、再雇用した山田工機のベテランの職人と新規で採用した若いスタッフが融合し、国内に約300社あるユーザー企業と定期的な連絡や訪問を通じて信頼関係を築いている。売上高は2021年12月期9,000万円、2022年12月期1億4,000万円と回復してきた。
 2024年の移転先として、入野機工は市内の横須賀リサーチパーク(YRP)の土地を取得した。YRPは1980年代末に旧・郵政省が働きかけ、NTTを中心にIT関連の研究所や企業の集積を図ったもので、開発は地域の鉄道会社が行った。「iモード」の開発をピークに国内の携帯電話産業が縮小するのに伴って撤退企業が出たため、現在はITだけでない新たな産業分野の企業を歓迎している。横須賀市も企業立地等促進制度による税優遇や中小のYRP進出事業者には最大100万円の補助金を用意。近年は、工業用プラスチック製品、産業・医療ガス、フィルター、半導体製造装置の会社が進出し、入野機工にも期待をかける。

新たなブランドを刻んだ新シリーズの製造が始まった

新たなブランドを刻んだ新シリーズの製造が始まった

「YAMADA」から「IRINO」、市場は海外へ

 企業の経営再建は、簡単ではない。入野機工は主力の汎用内面研削盤「YIG-20」の販売とユーザーの既存保有機の全面再生修理事業でスタートしたが、ユーザー企業はフルラインナップの新型機出荷を待っている。そして入野機工は2023年6月、「YAMADA」でなく「IRINO」の名称を与えた汎用精密内面研削盤「IIG=IRINO INTERNAL GRINDING」シリーズの販売を開始。大型機やNC機能搭載機のラインアップを増やす予定だ。
 攻めを強化するには、協力企業の整備や、売上拡大によるキャッシュフローのさらなる改善が必要だ。その先には世界の量産拠点の中心となったアジアへの研削盤売り込みを視野に入れている。入野機工が計画を達成し横須賀ものづくりの優良企業として復活する姿を、たくさんの人々が待っている。



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入野機工株式会社
所在地:神奈川県横須賀市内川1-3-23
   (登記上の本社は埼玉県川口市領家2-4-16)
代表者:代表取締役 入野紀子
設 立:2020年3月
   (山田工機の創業は1949年)
社員数:19名(2020年12月)
入野機工株式会社ホームページは、こちらから。