発表・掲載日:2024/2/11

2024春闘 緊急リポート
賃上げ転嫁論の前にコスト至上主義の見直しを

ーー相見積もり文化の行き着く先は「大手・中小の共倒れ」

 2024年春闘の焦点は「中小企業の賃上げ」だといい、「賃上げ分の価格転嫁を認めてあげよう」と国が大手企業に呼びかけている。しかし、町工場の表情は今ひとつ晴れない。給与を上げられる町工場はとっくに上げていて、その転嫁が難しい構造的な問題があることを知っているからだ。
 町工場総研は、各地の町工場から匿名の本音コメントを集め、賃上げ転嫁論の本質を探った。本当にデフレ経済から脱するためには、「良いものを安くできて当たり前」とのコスト優先主義を見直し、「付加価値」を重視して大手企業と町工場が協力する関係を再構築する必要がある。相見積もり文化の行き着く先は大手・中小の共倒れ。そこに日本のものづくりの未来はない。

丁寧な仕事でも加工賃は相見積もりで決まるのか

丁寧な仕事でも加工賃は相見積もりで決まるのか・・・

上げられる町工場はとっくに上げている

①【東京都臨海部の切削加工・従業員30人の匿名コメント】
 町工場では社員は家族のようなもので、深いところまで関わりがある。家庭の状況まで知っていて、子供が大学に入る社員には給料を多めに出してあげたいし、生活を守る給料を考えて出している。国に言われるまでもなく、上げられる時には上げている。今年度も2%強、上げた。
 町工場は加工費のプライスリーダーではない。相見積もりで仕事が他社に流れることもあるし、親会社が内製化して仕事がなくなったことも何度もある。賃上げ分を転嫁うんぬんより先に、継続的に仕事を出してくれと言いたい。


 町工場は継続的に賃上げに取り組んでいる。昨年の春闘を見て賃上げの風潮に追従したのではなく「毎年、労組が所属する業種の大手も含めた平均賃上げ額の一定割合を上げている」、「一律4,000円上げた。うち3,000円は『健康手当』で禁煙など条件をクリアした社員に支給」など、各社で工夫を凝らしている。

取引価格への転嫁は困難

②【東北地方の部品製造・従業員100人の匿名コメント】
 賃上げ分の価格転嫁は難しい。なぜなら「工数を少なく生産できる会社が競争力のある会社」であり、賃上げ分を生産性向上でカバーできた会社に受注が流れる。競合の中の一社でも価格転嫁しなければ「あそこは何も言ってきませんよ」と言われて終わる。これは業界の構造的な問題であり、国も「それは勝手に安売り合戦をしているあなた方の問題」と取り合ってもらえない。


 いま議論されている「賃上げ分の価格転嫁」は、高度成長期の『親会社と下請け』のような長期安定取引を前提にしている感がある。実際には系列取引はとっくに崩れ、いまや大手と町工場の関係は相見積もりで安い方に発注するだけになりつつある。「昔は発注側の大手企業が町工場を囲っていて、技術が絶えないように一緒にやっていこうという意識があった」、「いつからか相見積もりでコストしか見なくなり、町工場がどんどん減って技術が絶えるような方向へ向かっている」との声がほとんどだ。

賃上げの原資をひねり出す

③【神奈川県西部の切削加工・従業員30人の匿名コメント】
 賃上げしたいが業績が厳しい。でも今の給与体系では人材を採用できない。ベテランに我慢してもらって、新規採用の新人の給与を上げることにした。人材を採れるかどうかで企業の運命が決まるので、業績が悪くても上げている。


 価格転嫁が困難ななかで「防衛的賃上げ」をしようにも、売上規模の小さな町工場にとって製造コストの削減には限界がある。賃上げの原資を人事・労務面の工夫で捻り出している町工場が多い。若手への傾斜配分や「役員が2人退職して2,000万円近く浮いたので若手社員に分配」など世代交代による見直しも進む。そこまで苦労しても「一律2%アップしたのに、テレビで『5%以上』を連呼されるため社員が喜ばない」との悲鳴が上がる。

「ケツをまくられて困るのは大手企業だ」

④【東京都城南地域の切削加工・従業員30人の匿名コメント】
 最近は逆に、ここについていっても先はないな、と町工場が大手を見限ることがある。借金はないので、最悪、ケツをまくって会社を畳むもよし、M&Aで売却するもよし。町工場が廃業して新たな発注先を必死に探している大手は多い。ケツまくられたら困るのは大手の方だと思うね。


 昨年の春は、原材料やエネルギーの高騰を受け町工場が価格転嫁を交渉した。苦戦の予想に反して「材料価格の上昇分を転嫁できた町工場は多かった。町工場の数が減って立場が強くなってきていると思う」との声が上がる。
 製造業事業所数(工業統計、従業員4人以上)は1983年の43万8518社をピークに2019年に18万1877社まで減少した。この約18万社という事業所数は高度経済成長が始まる前の1955年レベルに戻った数字であり、加工分野によって過当競争はかなり解消されている。町工場に仕事を断られ、大手企業側が慌てる場面は確実に増えている。

付加価値を認めなければ日本のものづくりに未来はない

 高度成長期には、大手企業の調達担当者が一升瓶を持って金型職人に仕事を頼みに行ったものだ、と大先輩は懐かしむ。親会社と下請けであっても互いの仕事をリスペクトし、大手と町工場が現場で力を合わせてものづくりに工夫を凝らした。それが日本のものづくりの強さだったはずだ。町工場の側は「『品質良く、しかも安くできてあたりまえ』という日本の会社の謎の風潮こそが問題」だと気づいている。
 ダイヤ精機の諏訪貴子社長は、適正価格を考え、大手と中小のパートナーシップをもう一度強化するべきだ、と訴える。同社は従業員30数名の小さな治具・ゲージメーカーだが、大手自動車メーカーのティア1でもある。町工場を代表して大手に呼びかける声だ。今春闘が労使の経済闘争の場ではなく、日本のものづくりのあり方を考え直すターニングポイントになることを望む。

⑤【ダイヤ精機 諏訪貴子社長(新しい資本主義実現会議有識者構成員)】
 安くていいものを作るのは日本の良さだけれど、それだけでは先がない。国民みんなで付加価値を認め、適正価格を考える必要がある。
 海外での現地生産・現地調達が進み、国内の製造現場の空洞化が進んだ。自動車メーカーの本社は日本にあるけれど、クルマは海外で作っている。メイドインジャパンのクルマは、世界の中でどれほどあるのか。国内の供給量が少ないから、中小企業の仕事が減り、仕事の質ではなくコストの競争になってしまった。今はQCDでなくCDQだ。大手企業と中小企業の距離が遠くなった。町工場は低コストで製造するだけの「下請け」ではなく、技術面でも貢献している。安く作れない町工場は淘汰されても仕方ないという状況になる前に、供給量を増やしてQCDに戻し、大手と中小のパートナーシップをもう一度強化するべきだ。



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